皆さんは「迅速測図」というものをご存知ですか?
明治初期~中期にかけて作られた地図(1886年完成)で、内房線や久留里線ができる前の風景を知ることができます。今から約130年前の地図ですね。

↓↓どんなものかはこちらから。木更津駅周辺が見られるようにしてあります。↓↓

歴史的農業環境閲覧システム

まだ明治時代は海側が木更津の中心だったのですね。「木更津村」「吾妻村」「貝淵村」といった地名も読み取ることができます。

さて、この「迅速測図」を色々見てると、当時からある歴史ある道や、当時にはなかった新しく作られた道などが見つけられます。今回のタイトルになってる上総清川駅近くの万年橋はすでに存在してるので、どうやら歴史ある橋というのが分かりますね。

歴史的農業環境閲覧システム - 万年橋周辺

ただ、何となく橋の位置がずれてるような…

↓↓分かりやすいように現在の地図を薄く重ね合わせたのはこちら↓↓

歴史的農業環境閲覧システム - 万年橋周辺(透過あり)

やっぱり移動してる…!
昔の橋の跡とかあるかなぁ!?

というわけで、実際に行ってきました。


念のため、現在の万年橋の場所をGoogle mapにて確認しましょう。


こちらが現在の万年橋。
ちょっと前まで工事していたので、アスファルトや親柱もきれいですね。


小櫃川を渡るこの橋ですが、私の中の記憶では後から歩道橋が追加されたはず…


その新しい(はずの)歩道橋から上流側を見た風景がこちら。遠くに東京湾アクアライン連絡道が見えますね。
歩道橋には「二級河川 小櫃川」と書かれた銘板も。


こちらは同じ位置から下流側を見た風景。
迅速測図によると、こちら側に昔の橋があったはずなのですが、痕跡はもう何も残ってないようですね。

残念…と思いながら対岸に渡ったのですが↓↓


おや? 何やら万年橋についての看板が。

万年橋

明治の初めまで小櫃川は、渡し船によって住民の往来、物資の運搬が行われ、不便に悩まされていた。
十日市場・菅生有志の協力と結束により、明治十三年に木橋が完成し、南北の経済交流は強化された。
その後、何度かの架け替えがあり、昭和三十七年に現在の鉄筋コンクリート橋となった。
遡ると「かまくら道」も、この辺りを舟で渡ったと推定される。

中郷文化財保存会

ここにも歴史に関する看板が!!
なるほど、迅速測図に載ってたのは一番初めに架けられた木橋だったようですね。木橋だと確かに痕跡は見つからないでしょうね…


ちなみに、この万年橋近くの道、グニューンとカーブしていますが、迅速測図によると木橋時代は上の写真の矢印のように真っすぐ進んでいたようです。


今はこんな感じで砂利道が残っていますが、この後ろ側に初代「万年橋」の木橋があったようです。


現在の技術でイメージ図を…

近くには小櫃堰公園もありますので、お散歩などで近くに行った際は過去の風景を想像してみてくださいね。

こちらの記事もご興味ありませんか?

コメント

コメントを返信する

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です